推薦文を寄せてくださった吉本ばななさんとのコラボレーションでは、出版メディアを通して、現代アートのギャラリーに訪れるコアな客層ではない新しいファンを多く獲得していきます。
海外でも、ニューヨークのマリアン・ボエスキーというギャラリーや、シカゴ現代美術館、サンタモニカ美術館など公立美術館での個展が続きます。
人気・評価が高まるとともに、マーケットがよりパブリックな広がりを見せ始めました。
アートという個人の表現が、展覧会や出版物を通して広がりを見せ、マーケットが定着することで文化や歴史と結びつく。
そうなるとさらに作品の価値が上がっていきます。
そして二〇〇一年、全国を巡回した個展よって、奈良さんの人気と評価は決定的なものになりました。
この巡回展はどこの美術館でも記録的な入場者数を数え、皮切りとなった横浜美術館では九万人、最終巡回地の青森県弘前市では六万人が美術館を訪れました。
奈良さんの場合は、現在にいたるまで一貫しても「措きたいものしか措かない」ことに変わりはアートません。
ただ、感覚として自分の作品がどこの世界で認められたらいいかを理解している。
僕がギャラリストとしてやってきたことは、タイミングを見て、そんな奈良さんの立ち位置を変えることでした。
商業主義と距離を置くか、結託するかギャラリストの仕事では、作家と相談しながら作品の露出の仕方をコントロールすることもあります。
村上さんがプレスを重視しているように、文脈をつくる上でプレスは大切です。
村上さんは積極的にア一-を露出するツールとしてメディアを利用しますが、奈良さんの場合は、いかに露出を押さえるかというきわめて消極的なプレス活動です。
以前、そんな奈良さんに、村上さんが冗談まじりに「奈良さんも広告とかどんどんやって、一億でも二億でも稼げばいいのに!僕がマネージメントしてあげるよ」と言っていたことがありますが、「描きたいものしか描かない」奈良さんにはそういう仕事はできませんし、興味もないのです。
村上さんと奈良さんアーティストはどこにいる。奈良さんの作品はイメージ性が強く、人々に与えるメッセージの伝達力も強いので、実際には広告の引き合いは山のように来ています。
来ては断り、来ては断る。
もう片端から断っています。
それでもたまに、ボランティア的な仕事を引き受けることもあります。
例えば、いじめや虐待に遭った人のための電話相談の案内とか。
このような使われ方であれば、イメージが単に消費されることもないと考えられるからです。
今日のように資本主義があらゆるシステムに浸透しきってしまった時代には、アートは商業主義的なものと一線を画する、聖域として守られてきた唯一の分野のような気がします。
アメリカないしヨーロッパの美術館が未だに守っていることでもあります。アートのシステムではそれが一番大事なことでしょう。
矛盾しているようですが、商業主義と距離を置-ことで、逆にものすごく高い価値を生むのもアートなのです。
商業主義を拒否することによって、商業的価値が上がってしまうことがあり得るのです。
現に、奈良さんは広告を一切断る方向で商業主義からは距離を置き、村上さんは逆にコピーライトを使って商業主義と結託してアートの付加価値をつくり出そうとしています。
アートと商業主義という面でも、二人の活動は両極端です。
奈良さんと村上さんが切り開いたクール・ジャヤパン。近年、日本の現代アートが海外でも「クール・ジャパン」として受け止められてきた背景には、ここ一五年ほどの奈良さんと村上さんの活躍があることは間違いありません。
それによって日本のアートの海外市場も広がってきました。
僕も奈良さんや村上さんがいたおかげで、海外で開催される大きなアートフェアに出展できるようになりました。
奈良、村上に興味を持って会場に来た人が、ほかの作品も見ていくわけです。
国際的なマーケットで、若い日本人アーティストの作品に注目してもらえる機会が格段に増えました。
ただ、僕自身は、「ジャパン」をネタにした表現や、「クール・ジャパン」という枠組みだけで日本のアートが見られるのはあまり好きではありません。
希望は、アメリカやヨーロッパと同じ土俵の上で比べられて、それでも面白いと思ってくれる人がいること。
日本のアートが世界基準のマーケットで受け止められることを願っています。
村上さんの場合は、日本のコアな部分を取り上げて意図的に「ジャパン」を強調しているところはアートますが、例えばオタクという要素を扱いながらも、人間の欲望といった古今東西共通の、ある普遍性に迫る表現に至っています。
一人のアーティストがそこ村上さんと奈良さんアーティストはどこにいる。そこまで到達することは、前にも書きましたが、至難の業なのです。
奈良さんや村上さんは、厳のしい上の世代と闘って、今の位置を勝ち取ってきました。
日本人アーティストの作品が欧米のオークションで一億円の値で落札されたと話題になれば、少なからず世間の意識が変わります。
アニメやオタク、マンガといった、自分たちが日常の生活空間で親しんでいた新しい文化が芸術にまで昇華されて、なんらかの人間の普遍的な部分に到達できる、そして世界で通用するものになるなら、「これでもいいのだ!いいはずだ!オレたちの文化も捨てたものじゃない」と自信を持てるようになりますよね。
奈良さんと村上さん以降の世代は、欧米のアートと比較して「これでいいのかな」と疑問を抱える必要はなくなったわけです。
言葉も歴史も文化も異なるのだから、欧米の作家と同様の作品がつくれるわけでもなく、その必要もないのです。
自分たちの固有の風土に根付いた表現をしても決してひけを取らないことを知り、上の世代が芸術やクリエイティブ分野で抱えてきた西洋コンプレックスから解放されました。
その意義は非常に大きかったと思います。
誰にとっての「よい作品」が村上さんと奈良さんだけでも、こんなにもタイプが異なりますから、一概にどういう人がアーティストに向いていて、どうすれば一流のアーティストになれるか、そんなことはわかりません。
決まった方法などないのです。
ここでは、僕がギャラリストとして経験してきた中で考えるアーティストとしての資質や、僕がデビューを手がけ、活動しているアーティストの例をお話しします。
まず、自分にとってよい作品をつくることが大前提です。
身も蓋もない言い方ですが、モティベーションがあって、よい作品をつくろうと思いへどういうふうに制作すればいいかをつかんで、そこで自分の世界が見えていること、これが第一条件です。
例えば絵画であれば、「こんな絵が措ければいいな」と自分がイメージする作品が実現されれば、その人にとっては一番よい絵ですよね。
一つの完結です。
その、「本人にとってのよい絵」を第三者が見た場合に、人間として何かしら感ずるものがあるかもしれません。
「私はこの絵が大好きだ」と思う人が現れて、お金を持っていれば作品を買うこともあるでしょう。
そうすれば、措いた本人にとつてのいい絵が、他人にとってもいい絵になるわけです。
こうして絵を共有する人が二人、三人になって村上さんと奈良さんアーティストはどこにいる。でき上がります。
マーケットが広がり、強固になればなるだけ、その作品は「文化」や「歴史」につながっていくのです。
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